京阪中之島線開業。そして消えゆくダイビルと朝日ビルディング

katamachi2008-10-20

 昨日、10月19日は京阪電気鉄道中之島線の開業日でした。
 京阪が天満橋から先、野田方面に地下新線を延ばす.......と朝日新聞で読んだのは1988年(1989年の運輸政策審議会で玉江橋中之島延長決定)。20年前とは言え、すでに高校生だったんで片福連絡線(JR東西線)や大阪外環状線(おおさか東線)ほど思い入れはないものの、永年、京阪線とはご縁があったんで、初日に行っておきたい。
 前日に開業したJR桂川駅に立ち寄ってから京橋駅に着いたのは15時過ぎ。フリー切符(水都・中之島1dayチケット 500円)を買い求め、ちょうどやってきた中之島行き快速急行に乗り込みました。席は埋まっていて、立ち客もそれなり。

 中之島駅到着は15:50(定刻より6分遅れ)。到着前に信号待ちするなどダイヤはそれなりに乱れていたようですね。朝ラッシュ時の淀屋橋駅を彷彿させる感じですが、まあこれも今日だけのことでしょう。

今さらだけど、京阪中之島線。大丈夫ですかね?

 駅改札付近はそれなりに人が溢れていましたが、めちゃくちゃ人出が多くてどうしようもない......というほどではありませんでした。時間的なものもあってマニアさんは少なく、沿線から物見遊山にやってきたっぽい人たちがほとんど。改札前で中之島駅発のポケット時刻表+スタンプを配っているのに20人ほど人だかりが出来ている程度で、穏やかな感じでした。
 さて、中之島駅。降りてみました。真上はリーガロイヤルホテル大阪。大阪で五指に入る高級ホテルです。その他は......これと言って見るものがないんですね。そんなわけなのか、敷地の隣にあるヤナセ輸入車ショールームに人が集まっているのが目立つ程度(写真展をしていました)。大川沿いをプラプラしてみんな駅に直行する。せっかくの見物客が滞留してヒマ潰しできる店とかが少ないんですね。
 そこらが中之島線の痛いところ。

  • 付近がビジネス街であり、週末に遊びに行くようなスポットが未整備
  • 新線の駅4つのうち、なにわ橋、大江橋渡辺橋は既存の淀屋橋・北浜駅の駅勢圏
  • そもそも地下線なんで乗っていてもさほど楽しくはない

なんで、京阪線沿線の人にとっては、なんだか新味がないんですね。
 印象的だったのは、大江橋駅で階段を登っていたら、目の前の家族連れが「ええ?? 市役所?? ここって淀屋橋駅のすぐ近くやん」と大声でボヤいていたこと。そうなんです。150mほどしか離れていません。すぐ近くに「京都・びわ湖方面 京阪電車のりば」という京阪淀屋橋駅の看板が見えます。さらに、隣の、なにわ橋駅の改札口は300mほど東側。ああ、そう言えば、なにわ橋駅の改札で「北浜駅で切符を買ってしまったんだけど……」とか言っていた見物客もいたなあ。
 時事通信の記事だと、「1日約7万2000人の利用と年間32億円の収入が見込まれている」けど、その分、既存の各駅は利用者減となるのだし、はたしてどうなることやら。ここ10年、長堀鶴見緑地線JR東西線今里筋線の開業、JR片町線奈良線などとの競合(数年後には第二京阪道路も)、松下グループの事業縮小、沿線住民の高齢化・少子化……と本業は右肩下がりなんだけど、どうするんだろう。
 とりあえず、京阪沿線に住んでいる朝日新聞勤務の知人と、関西電力勤務の後輩は喜んでいました。あとは堂島界隈のオフィスに通う人たち??? とにかく、京阪沿線に住んでいる人以外は利用しづらいんだよね。でも、まあ、造ってしまったものは仕方がない。
 趣味的には各駅に降りて、いろんな列車に乗り、特別補充券を買い求め……というぐらい。ちょうど淀の競馬場がやっていたお陰で「臨時急行 中之島行き」が運転され、乗ってみたら予想通り3番線(平日しか使用しない)に入ったのでラッキー……と思った。でも、その程度なんだね。

中之島線と引き替えに取り壊されるダイビル

 町歩き好きの1人としては、やはり気になるのは、中之島線の上にある中之島界隈の建物の様子。
 ご存知の方も多いと思うけど、この中之島線の開通にあわせて、いくつかビルの新築が予定されている。と共に、いくつか取り壊しが予定されているビルもある。そして、中之島に残る戦前の近代建築のうち、その代表格とも言える2つのビルが消えようとしている。


 まず、ダイビル中之島駅渡辺橋駅の真ん中、中之島通に面したメインストリートにある。商船三井関西電力と縁の深い不動産ビル会社の本拠地なのだ。

 もともと大阪ビルヂィングと呼ばれたこの建物は1925年のもの。大阪市が市域拡張で国内最大の都市となった都市でもある。"大大阪"の玄関口、中之島に相応しい、仰々しい外壁が今となってはかなりミスマッチではあるのだが、モダニズム建築に移行する前の建築界の勢いの良さが感じ取られる魅力的な建物だ。


 1階部分に刻み込まれたレリーフ。石の梁の上に天使っぽいのがいて、その上に鳩?。日本人がイメージするようなインド&ヨーロッパっぽいイメージが多用されている。スクラッチタイルとの対比がまたイイ味を出しているんだね。

 この鳥はヒンズー教の神鳥ガルーダなんだろうか。以前、建築マニアの人に聞いたら、なんらか由来があるとか言っていたなあ。ちなみに、ビルの中にアショカツアーズ(ビーエス観光)というインド専門の旅行会社がある。これを建てた建築家渡辺節の市内にある別な代表作「綿業会館」は大阪市中央区船場にある。船場と言えば、「いとへん」繊維産業の町。インド系(シーク教徒)の人たちもたくさんいる。なんか関係があるのだろうか。
 この日は日曜日なんで中には入れない。
 でも、平日と土曜には、中へと足を踏み入れることが出来る。ぜひ訪ねてみて欲しい(以下の写真は今年7月)。
 エントランスは、やっぱり日本人的な「豪華」という感じ。金ピカで壮麗なデコレーションがやはり往年の賑わいを彷彿させてくれる。

 その先は欧州風の商店街が続いている。さっきのインド系旅行会社だけでなく、輸入食料品店とか大時代的な店舗がいくつもあるのが興味深い。

 ぶらっと訪ねた人にとって魅力的なのは、「大阪名品喫茶 大大阪」。このダイビルが解体されるという噂が流れ始めた数年前、デザイナー系の人たちが喫茶店を始めた。シックな雰囲気でコーディネートされた店内は建物の外壁とかなり趣が異なる。近現代の大阪絡みの書籍や資料も多く、町歩き・鉄道乗りつぶしの合間の休憩にはいいところだ(18:00まで日曜祝休)。
http://www.dai-osaka.com/about.html
 ちなみに、中之島駅の案内表示に「ダイビル」の文字は見当たらなかった。解体するのが確定しているのであえて名前を出さなかったのか。あと、ダイビルの別館はすでに取り壊され、新築ビルが完成しようとしている。 


ツインタワーの下敷きになる朝日ビルと、中之島線をヨイショする朝日新聞

 続いて、そのまま東へ歩いていくと、朝日新聞大阪本社の建物がある。
 正式には、朝日系列の朝日ビルディングがやっている「朝日ビル」。


 ここって、鉄筋コンクリート造10階建てのありふれた建物のように見えるのだけど、ちょうど日本でモダニズム建築が勃興する時期にあたる名作らしい。施工年は1931年、ちょうど御堂筋が整備された頃に建てられた貴重ものだという。
 でも、数年前から噂されていたように、このビルと真向かいの新朝日ビルも数年後に順次取り壊されることになっている。高さ約200メートルのツインタワーを建てることになったらしい。「らしい」じゃなくて、朝日新聞が大々的に広報活動をやっているし、この5月には、中之島フェスティバルタワー計画にゴーサイン〜大阪市都計審が都市再生特別地区を承認〜と自ら伝えている。
 朝日新聞の大阪版読者ならご存知のことと思うが、ここ数年ほど、大阪朝日の紙面では、京阪中之島線が企画ページや広告ページでかなり頻繁に取り上げられていた。
 さほどニュースバリューがあるとは思えない新線、しかも三セク会社の出資者である大阪市の財政を圧迫しかねないこの新線を好意的に取り上げてきたのは、自分たちのビルの建替が念頭にあったからだろう。「なんか、最近の朝日の煽り方、やり過ぎだなあ。朝日ビル。建て替えか?」と数年前から建築マニアの知人が指摘していた。鉄道マニア的にも、やたらと朝日が京阪ネタに詳しい(たとえばライブドア問題に揺れる阪神の買収に京阪重役が興味を示した、とか)のはそこらの関係があるのかなあとは邪推していた。
 まあ、実際、その予想通りになったわけだ。京阪の新線が成功してくれなければ朝日としても困るんだろう。今日20日の朝刊で「経済効果は1兆2500億円以上と見込む調査もある」とか言っているのはやり過ぎと思うけど。
 ちなみに、日本建築学会近畿支部朝日新聞代表取締役社長&大阪代表に対し、

 朝日ビルディングは、日本のモダニズムの開幕を告げる作品として、完成当初から建築界の注目を集めました。また、新朝日ビルは、日本が戦後復興期から高度成長に向かうなか、モダニズム建築が定着し、充実していく過程をよく体現しています。(中略)
 貴社におかれましては、朝日ビルディングおよび新朝日ビルディングの文化的意義と歴史的価値についてあらためてご理解いただき、このかけがえのない文化遺産が長く後世に継承されますよう、格別のご配慮を賜りたくお願い申し上げる次第です。

朝日ビルディングおよび新朝日ビルディング保存要望書を提出している。もちろん朝日はスルー。
 今まで御堂筋のビルの高さ制限とか他社ビルの容積率緩和、あるいは近代建築の解体に対して批判的な論調の記事も書いていた。近代建築に造詣の深い松葉一清さんという優れた記者もいたのにダンマリか……とは思うが、いろいろオトナの事情があるのは分かる。
 でも、ちょうどバブルの前あたりから中之島界隈の街並み散策をしていた1人として、京阪中之島線の開業が地域の再開発→街並みの解体に繋がっていくのは寂しいものがある。ダイビル&朝日ビルは、中之島図書館と日銀大阪支店、大阪市中央公会堂と並ぶ中之島のシンボルとなる建物だった。それが中之島線開業後、消えゆくことになる。


 鉄道が消えるとなれば、住民の足が……とかそれらしい詭弁を弄することもできるのだけど、近代建築に興味はあるけどさほど知識があるわけでもない自分には、表現する言葉が見つからない。「残念だ」と言うのが限界だ。経済性や居住性を考えれば、そういう判断に至るのも理解できる。
 理性と感情の間に揺れ動くのは、知人の建築マニアたちも同様らしい。保存運動を展開しようにも、自分たちにはいろんな意味で限度がある。バブル以降、そうやって数多の近代建築がガレキになっていくのを見送ってきた。ならば、自分たちで可能な限り、その建築を再評価し、訪ね歩いて、それを他人に紹介してみよう。それで何か流れが変わるとか甘いものではない。でも、そうした活動を見て、いつしか所有者や自治体が何か動いてくれるかもしれない。当時者たちが建物を再評価してくれるのを信じるしかない、と。現に、赤レンガの東京駅舎など救われた建物も少なくない。
 残念ながら朝日ビル、新朝日ビルは解体決定。ダイビルも公式リリースはないにしても、同じ道を歩もうとしている。せめて、当事者である朝日がその建築的価値を再評価して欲しいなあと思うのだけど、それは矛盾しているお願いなのだろうか。
 と、鉄道がほとんど出てこない新線ルポはこれでおしまい。鉄道以外の街並みなんかもぜひ見て欲しいなあ、と。そう思って、今回、異質な日記を書いてみた。
 そうそう、駅めぐりを終わった後に行った、なにわ橋駅の改札口。なかなか良かったですよ。安藤忠雄設計で、円く弧を描くようにデザインされた入口部分が青色LED照明で縁取られている。なんとなく水に潜るような、そんな幻想的な雰囲気でした。ぜひ、日が暮れた後に訪ねてみてください。でも、昼間見るとそれほどでもなく、逆に中央公会堂の目の前に景観を乱す厄介な異物が出来たなあと感じるのだけど、それはまた別の話。