「若者のクルマ離れ」がなんで問題なのかよく分からない
僕が大学生だったのは1990年代の前半である。
1990年頃から1991年頃はまだ世間は浮かれていた。就職活動は売り手市場だった。大学二年生だった僕も企業さんの見学会と称する青田買いイベントに招かれたこともある。
学生は誰もマジメに授業を受けていなかった。ある日の午後、収容500人の教室へ行くと、部屋は空っぽだった。僕1人。チャイムが鳴って15分ほど読書して待っていると(当時、講義が時間通りに始まることは珍しかった)、教授が現れた。「あれ?」と不思議そうな顔をしている。双方確認すると、確かにこの時間にこの授業は存在する。履修者は1000人ぐらいいるはず。でも、誰もいない。もうサボる気ムード満々のセンセーに「あんた、単位あげるよ。ここに名前を書いて」と言われその場は散会となった。
当時、大学のキャンパスに行くと、構内は自家用車で埋め尽くされていた。学生たちが自分のクルマを買い、それで学内まで乗り付けていたのだ。
地方の大学とか、90年前後に盛んに郊外へ移転していった私立大なら話は別だが、東京とか京都とか大阪とかでは、日常の学生生活をする中で、クルマが必要となることはまずない。
参考2008年頃から顕著になった「日本社会のクルマ離れ」 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月
京都大学の教授がネタ話として話していたエピソードを思いだす。
百万遍のキャンパス内に大量のクルマが止められている。外車とか新車もたくさん。高そうなのはみんな現役学生のクルマ。地方から来たお金持ちの息子さんだから。でも、教官はそんなの買うお金がないんだよね。あっても軽自動車。で、実際に学校へ来ると学生に占拠されて駐車スペースがなくて困ったりする……とのことだった。
真偽は知らないが、京大ではたくさん立派なクルマを見かけた。僕の行っていた大学では外車こそ見かけなかったが、校内のスペースのあるところは自動車が並んでいた。周囲でも「●●●の新車を買ったぜ」という話をよく聞かされた。
150万円とか200万円とかいう購入費。そして年間数十万円の維持費。それをどうやって捻出しようとするのだろうか。クルマを持っているとステイタスになるかもしれんけど、それは身分不相応じゃないか。だって本当に必要なときって、月に何度かだけじゃないの。郊外に住んでいる人はともあれ、大都市部ではいらんやろ。とか僕は思っていたし、クルマ自慢する人たちを冷やかしもした。国内・海外の旅行にバイト代を注ぎ込んでいたので、クルマを買いたいとすら思わなかった。僕的には優先順位はかなり低かった。
いやサークル活動とかするのに、学校終わった後に遊びに行くのに必要だ……というのがマイカー通学の学生たちの主張である。あれば確かに便利だが、どうしても必要だというものでもない。体育会系で資材を運んだりするのにはいるかもしれないが、それも毎日ということではないだろう。とにかく、クルマで大学へ行くというスタイルに憧れていたのだ。
さすがに駐車車両の数が増えすぎたんで、大阪大学、京都大学あたりでは、大学生がキャンパス内へクルマに乗り入れるのを制限し始めた。敷地にも限界はある。当たり前と言えば当たり前だ。僕の行っていた大学はその後もしばらく好き放題に駐車できたが、90年代後半になってようやく認可制になった。
学生を取り巻く環境は1992年頃から旗色が変わった。この年はまだ気楽なムードが漂っていた。1993年、僕の同期たちが就職活動を始めた頃には緊縮モードに入った。採用枠が減らされた。金融機関が危ぶまれた1994年、阪神大震災のあった1995年。状況は刻一刻と厳しくなる。いつしか大学生はマジメに授業へ出るようになった。いや出ても、そのマジメさは向学心に繋がっているようには見えなかったのだけど、まあそれはそれ。
若者の「クルマ離れ」の原因って、単に若者の数が減ったからじゃないの
なんで、そんな十数年前のキャンパスライフを書いたかというと、この記事を見たから。
学生のお知恵拝借−。大手自動車メーカー、ホンダ(東京都港区)の社員が明治大学商学部(同千代田区)の教壇に立ち、自動車の販売戦略などを考える講義「ものづくり戦略」が16日から開講する。世界的な自動車不況の中、「クルマ離れ」が指摘される若者の本音を探りたいホンダ側と、学生に社会体験をさせたい大学側の狙いが一致した。
脱“クルマ離れ”へ ホンダが学生のお知恵拝借産経新聞、2009年4月10日
ユニークな“コラボ”が実現した背景には、最近の若者の「クルマ離れ」がある。警察庁の統計によると、運転免許保有者に占める若者(18〜24歳)の割合は平成19年に8.7%となり、30年前の約半分に減った。
とかいうのだ。
この「運転免許保有者に占める若者(18〜24歳)」について、警察庁のデータを調べてみた。「警察白書」などにある「年齢別、男女別運転免許保有者数」だ。
年齢別、男女別運転免許保有者数
年 | 16〜19歳男 | 16〜19歳女 | 20〜24歳男 | 20〜24歳女 |
---|---|---|---|---|
1997年 | 36.6 | 20.5 | 87.7 | 76.5 |
1998年 | 37.1 | 21.2 | 87.3 | 76.3 |
1999年 | 36.6 | 21.3 | 87.1 | 76.2 |
2000年 | 36.8 | 21.8 | 87.3 | 76.7 |
2001年 | 35.5 | 22.5 | 87.4 | 77.3 |
2002年 | 35.5 | 22.5 | 87.4 | 77.3 |
2003年 | 33.9 | 22.2 | 86.3 | 76.8 |
2004年 | 32.9 | 22.0 | 85.8 | 76.6 |
2005年 | 32.2 | 21.6 | 85.6 | 76.9 |
2006年 | 31.1 | 20.9 | 85.2 | 76.5 |
2007年 | 29.9 | 20.2 | 84.9 | 76.5 |
※警察庁統計「年齢別、男女別運転免許保有者数」平成16〜19年http://www.npa.go.jp/hakusyo/h20/toukei/t3-10.pdf、他「警察白書」各年など
※数字は%。「人口に占める割合」。人口とは総務庁の資料から警察庁が算出したとある
1996年以前は、「年齢別、男女別運転免許保有者数」があるものの、「人口に占める割合」が示されていないので表からは省いた。
結論から言うと、総免許保有者の中で「若者」の占める割合は減っているのだろう。でも、若者の数自体が減っている(そして免許非保有者の高齢者も亡くなっていく)から当たり前と言えば当たり前だ。
あと、この数字から、
ということができる。
普通四輪免許の取得は18歳以上(二輪は16歳)。高校から大学にかけての世代、18〜22歳ぐらいで取得する人たちが多いというのは容易に推測できる。
ということは、高校時代、あるいは大学に入ってすぐクルマの運転をしたいという人は如実に減ってきたのだろう。東洋経済の記事だと、「08年は10%以上落ち込みそうだ」とある。免許がなければクルマは運転できない。だから「クルマ離れ」ということになる。
25〜29歳年齢別運転免許保有者数
次に、2000年前後の就職難・不安定就労化の影響を受けた20歳代後半の運転免許保有者数の状況を見てみる。
西暦 | 免許保有者数 | 人口 | 人口比 | うち男性比 | うち女性比 |
---|---|---|---|---|---|
1990 | 7,300千人 | 8,180千人 | 89.2% | 95.9% | 82.3% |
1997 | 8,787 | 9,499 | 92.5 | 97.2 | 87.6 |
2005 | 7,697 | 8,460 | 91.0 | 93.9 | 87.9 |
2007 | 7,217 | 7,795 | 92.6 | 96.0 | 89.0 |
データは「警察白書」各号より。ただ、警察庁のホームページのデータは細かく載っている年とそうじゃない年とがあって2000年などのデータは拾えなかった。
免許を取るべき人が取得済となる25〜29歳のデータを見ると、1997年と2007年で運転免許保有者は150万人減少している。もちろん、その最大の理由は当該年齢層の人口が減ったから。
逆に、免許取得済の人の比率は1990年より2007年は3ポイントほど上昇している。バブル期より免許取得者の比率は高くなっているのだ。1997年と2007年でも横ばい。
「若者のクルマ離れ」と言われても、当の若者がピンと来ない
さあて、ここから何を語ればいいのか。ちょっと分からない。
クルマを購入することが期待される人口は減ってはいる。「ナウなヤング」=「若者(18〜24歳)」自体の数がこの15年、右肩下がりで減少しているからだ。取得時期が以前より遅れているとは想像できる。でも、20代後半の免許取得率はあまり変わらない。
そして、東京や大阪に住んでると必要性は感じないにしても、就職する資格としてはやはり必須のモノとも言える。逆に、就職や転勤で郊外とか地方に行くと、あるいは家庭を持ったりすると、"車がない"ことは考えられなくなる。地方の工場や、郊外型のパチンコ屋やスーパー。そこらには、今でもクルマがずらーっと並んでいるよ。
免許の取得時期が遅れている→若者がクルマ(特に新車)の購入に踏み切る時期はさらに遅れている→だからクルマが売れない
……という悪循環になっている、ちょうどその過渡期にあるんだろう。どこかでまた売上は回復してくると思う。
ただ、昨年末ぐらいに、はてな界隈で話題となった「不安定就労」→「クルマ離れ」と決めつけるのにも違和感はある。
このうち「クルマ離れ」については、若者の消費の多様化や、魅力的なクルマの不在といったことが指摘されてきた。だが、昨今の雇用情勢の悪化を見ると、実は「購買力」が大きな問題であることが浮き彫りになる。「クルマなんてとても手が届かない」という若者が増えているのだ。
若者のクルマ離れ、その本質は「購買力」の欠如 派遣など不安定就労社会のツケがきた2009年1月14日
とは簡単に言える。「はてなブックマーク - 痛いニュース(ノ∀`) : 「若者の“クルマ離れ”を無くすには?」 ホンダが学生のお知恵拝借 - ライブドアブログ」でもそうした主旨の発言をする人が多い。
一見、なにか納得できそうなことが書かれているが、クルマが安くなれば、俺達の生活レベルが上がればもっと売れるようになる……という意見にもまた違和感を抱いている。モノが売れない、モノを買えない理由を経済的事情にのみ単純化することへの不可解さと言うべきか。
本当にクルマが欲しい人たちは、たとえ「若者」であっても、生活を切り詰めながらクルマの購入費や維持費を確保しようとしている。高級車や外車、旧車、最近だと痛車などへの憧れを持つ層もそれなりに存在する。
別に若者が「クルマ離れ」をしてもいいんじゃないの。
ただ、クルマを保有することへの"動機"を失った層は確実に増えているのだろう。上の産経の記事の中でホンダは「かっこいいクルマを持つことにあこがれる若者』が急減しているというデータ」があると語っていた。
その根底には、経済的逼迫感があるのは否定はしない。
また、「http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/business/manufacturer/188339/」にあるように、自動車技術の向上で耐久年数も上がった*1。新車購入の回転のスパンが長くなった。もちろん経済的な事情からの買い控えもある。
でも、
「クルマ離れ」をしても何が悪いの??
という素朴な疑問もある。
ナウなヤングがクルマを買わなくなった……と言われて、十年ぐらい経つ。複雑に要因が絡み合っている中では、「若者のクルマ離れ」の原因を求めることは難しい。というか意味がない。
現状は、70年代から90年代半ばにかけての「自動車を保有しないと一人前じゃない」的な逼迫感が薄れたと言うべきだろう。見栄でクルマを購入する必要がなくなった。自動車バブルが弾けて、不急不要な若者たちが買い控えをして……という姿は、ある意味、健全なのかもしれない。
バブル期であっても、大学生個人には新車を買う財力はなかった。都市部では所有しなければならない必要性も薄かった。当時、みんなが背伸びしていただけである。それが、時を経て、身の丈にあった生活を始めただけである。
十数年前みたいに、お父様、お母様が子供さんに新車を与えるとか、学生が生活費を節約してまでクルマを維持すべきだとか、そういう無理無理なスタイルに戻せばいいのかというと、それはまた違うことだ。
そんな景気の良かった頃の「カーライフ」に戻したい
という自動車関連業界の気持ちとしては理解できる。だが、みんなが横並びでクルマを所有したいというのは、今の御時世では到底無理な話である。それって、クルマの保有がステイタスであると今でも信じられている中国やタイ、インドなど、発展途上国から先進国へと変わっていきたいという願望のある国でしか通用しないイメージだからだ。
バブル崩壊から15年以上経ち、少子高齢化が現実の物となりつつあるこの国で、そのような成長神話を抱くことは難しい。「若者」が消費の選択と集中をする中で、クルマがその対象から弾かれてしまうのも致し方ない。
あと、業界関係者が「クルマが売れない」と嘆いて、ボヤいて、それが問題点だとあちこちにアピールしているのにも、いい加減、飽きてきた。昨年秋の危機以降、いやそれ以前から、必死でナウなヤングに媚びようとしている。ブランドイメージを上げよう、興味を持ってもらおうという努力は涙ぐましい。今年に入ってから打ち出された高速料金1000円化とか新車購入費の補助なんかも、そうした業界関係者のアピールの「成果」なんだろう。
自動車産業が「復活」しないと日本経済回復に繋がらないというのは何となく頭では理解できる。
でもねえ。それって、公共事業枠を拡大してくれないと景気は回復しないよ……と脅しているのか、居直っているのかよく分からないことを主張する自治体や土建屋や政治家たちと同じ臭いを感じるんだ。アメリカのビッグスリーなんかもっと露骨だよね。
売れないなら、国内向けの販売台数の予測を大幅に減らせばいいじゃないのとか思うのだけど、諸般の事情でそうもいかないらしい。これではもうどうしようもない。
「若者のクルマ離れ」が問題と主張するよりも、若者がクルマを持つ動機とは何かということを問い直すことが必要なんだろう。なのに、ナウなヤングにバカ受けなはずのホンダも、
- 「若者が何を考え、どんな車を欲しがっているのか、本音を知りたい」
というレベルでの把握しかしていない。そちらの方が問題だと思う。今のままで、「若者のクルマ離れ」と言われても、当の若者がピンと来ないというのも当然のことなんだろう。俺達が貧乏だからクルマが買えないんだ、もっとカネを寄こせ……という単純化した反論に太刀打ちできなくなる。それでは議論は進まない。
動機を語らずひたすら関係者がボヤき続けているのって、「最近の若者は海外旅行に行かなくなった」とか「最近の若者は本を読まなくなった」とか「最近の若者の学力が落ちた」とか、他の若者論にも共通する課題だと思うのだけど、それはまた別の話。
追記
いくつか集めた統計データ。
新車登録台数と中古車登録台数の統計データ
日本自動車販売協会連合会
西暦 | 新車登録台数 | 前年比 | 中古車登録台数 | 前年比 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
1999 | 3,987,731台 | 92.0% | 5,464,333台 | 97.7% | ||
2000 | 4,095,117 | 102.7 | 5,595,746 | 102.4 | ||
2001 | 4,059,046 | 99.1 | 5,532,793 | 98.9 | ||
2002 | 3,966,093 | 97.7 | 5,363,386 | 96.9 | ||
2003 | 4,027,315 | 101.5 | 5,322,767 | 99.2 | ||
2004 | 3,962,232 | 98.4 | 5,252,046 | 98.7 | ||
2005 | 3,928,351 | 99.1 | 5,235,592 | 99.7 | ||
2006 | 3,715,887 | 94.6 | 5,029,688 | 96.1 | ||
2007 | 3,433,829 | 92.4 | 4,571,485 | 90.9 | ||
2008 | 3,212,342 | 93.5 | 4,298,086 | 94.0 |
元資料を見ると、2008年8月が急激に落ち込み、その後11月は前年同月比27%、12月は23%減とガタガタになっていることが分かる。
ただ、2000〜2005年は前年比98〜103%をキープしていた。新車も中古車も2006年の段階で減少が目立っているし、なにも2008年下半期の景気悪化だけが登録台数減の原因ではないとも想像できる。
自動車保有台数の推移(軽自動車を含む)
自動車検査登録情報協会
西暦 | 保有台数 | |
---|---|---|
1985年 | 27,038,220台 | |
1990年 | 32,937,813 | |
1995年 | 42,956,339 | |
2000年 | 51,222,129 | |
2005年 | 56,288,256 | |
2006年 | 57,097,670 | |
2007年 | 57,510,360 | |
2008年 | 57,551,248 |
日本国内の自動車の保有台数。トラックやバイクを含めたら79,080,762台(2008年)。この中古車と新車と既存車を足した保有台数レベルでは、2000年に初めて5000万台を突破し、その後も微増傾向にある。ただ、2008年は前年比4万台増と、それまでよりかなり落ち込んでいる。まあ、これじゃあ、新車も中古車も売れないわなあ。
*1:自分の車は20年目に突入した