鉄道イベントでしか盛り上がれない鉄道マニアと鉄道会社の憂鬱

 しばらくスリランカで留守をしていたら、こんな「衝撃事件」があったんですね。

 この日は京浜東北線から「209系」と呼ばれる通勤型車両が引退する日。ホームの人だかりは、京浜東北線を走る「209系」電車の最後の姿を目に焼き付け、雄姿を撮影しようとする鉄道ファンだったのだ。別れを惜しむファンは、車内にも多数乗っていた。特に先頭の車両は朝のラッシュ時にも負けない満員状態だ。
 何も知らずに乗ってきた一般の乗客。その目の前では、信じられないような異様な光景が繰り広げられていた。
【衝撃事件の核心】「鉄ヲタ専用車両でーす」暴走する一部鉄道ファンの行き着く果ては…産経新聞2010.2.6

 わざわざ209系ごときの「引退イベント」(他線ではまだ動いているんだけど)に来て、「取材」してくれた産経新聞の方には申し訳ないことをしたなあ。アドレスに"crime"とあるから、犯罪ってことなんですよね。
 長文記事だけど、事実関係は以下の通り。

  • 1/24に京浜東北線で209系さよならイベントがあった
  • 事例A 全駅で写真を撮りたい人

「ほとんどが男性のその集団」「うおー!」という歓声→ドアが開くと同時に一斉にホームへ→写真を撮り→また駆け足で車両に戻るという動きを繰り返す

  • 事例B 自己陶酔する人

満員の車内から、甲高い叫び声が聞こえてきた。「一般人は乗れませーん」「鉄ヲタ専用車両でーす」

  • 事例C 定刻より20分遅れ

209系の18:13南浦和着が20分以上遅延。

ヘッドマークを見ることができるホームの両端は、たちまちカメラを持った鉄道ファンで埋め尽くされた」「押すなよ!」「お前、邪魔!」こんな怒声も聞こえてくる。

鉄道会社は209系の引退をイベント化して何を目指したのか

 ここで確認しておかないといけないのは、

  • 209系というのはJR化後に登場しながらも安普請の低コスト電車。機器類がダメダメで使えないと、JR東日本が自社HPで漏らしたという珍車。他線ではまだ運行しています
  • 安普請さが妙に鉄道マニアの琴線に触れたみたいで、90年代から「走るんです」などの蔑称で生ぬるく愛された
  • 本線筋である京浜東北線から撤退というのは既定の方針だった。
  • JR東日本自体が「(E233系への)車両の統一は2010 年1 月25 日を予定しています」=209系の廃止は1月24日、と12月の段階で告知。マスコミにもリリースしたみたいで、各紙で報道
  • 京浜東北209系引退で記念入場券16枚セット」にあるように、当日、記念切符を発売したり、大船駅改札内コンコースでイベントをしたりと前景気を盛り上げた

という状況。
 「明らかに違法と思われるものには、しっかりとした対応をさせていただいている」とJR東日本はコメントを寄せている。
 けど、トラブル必至の引退興行列車をわざわざ告知して、日曜の昼間に堂々と走らせる意味というのはなんなんだろうか。僕は根本的にそこを不思議に思う。
 209系という存在はネタ的に一部で愛されてきたが、かといって鉄道車両史的に大きな貢献を果たした電車だというわけでもない。ましてや初登場区間である京浜東北線からは引退するにしても、南武線などではまだ走っているし、今回の車両なども房総線へ転属するとリリースされている。
 それを今回、イベントとして盛り上げて、ドタバタを招いてしまったのはJR東日本自身ではないか。入場券やグッズの販促も兼ねていたことは十二分に想像付くが、この手の小手先のイベントで増益なんてたいしてないわけじゃないの。
 JR東日本は、ここ数年、オタク向けイベントを熱心にしてきた会社だと思う。事実上用途を終えたキハ52やDD53、583系、DE10+旧客などを使った臨時や団臨をあちこちで運転している。特に、JR6社が共同で旅行宣伝を行う「デスティネーションキャンペーン」では、その最初にイベント列車を走らせるのが好例となった。こんなキャンペーン、一部の旅行関係者以外は注目もしていないが、たくさんのお客さんが集まるイベント=鉄系イベントをやるとたくさん集客が見込まれ、地元紙などマスコミにも取り上げられやすくなる*1
 でも、あちこちでトラブルが頻出している。
 僕が紹介した事例でも、

というのがあったのを思いだします。
 最近の首都圏だと、207系さよならイベントや中央線201系など、JR東日本管内のイベントでは場所取りを巡ってのトラブルが頻発していたとも漏れ聞く。
 80年代から90年代にかけてSL運行を切望した自治体って、踏切毎に警備員を配置するのに協力したりして、不測の事態に備えようと努めた(それでも暴走する連中は少なからずいた)。70年前後のSLブーム、70年代末のブルトレブーム、続くローカル線フィーバーのあれこれを知っている人間が現場にいたから当然のこと。基本、客が集まるようなイベントや事象があれば、それに即応するだけの体制が必要なんですよね。
 でも、ここ数年の「鉄道ブーム」とかで増収を狙う鉄道会社。あまりにも無防備でイベント列車の運行を繰り返しているんですよね。現場に警備担当を配置せずにトラブルに対処できない事例があちこちで報告されている。昨年4月に井川線を訪ねた時のことを「桜と共に散っていくDB1型ディーゼル機関車ラストランに参加する。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」に書いている。比較的穏当に終わったイベントだったけど、少なからずトラブルは散見された。でも、混雑ポイントとなる所に警備員は一人も配置されていない。
 この209系の件も、どれぐらい現場に警備の人間を、特に南浦和駅に配置していたのか。ちょっと聞いてみたい気もする。
 基本、この手のイベント、「走らせて話題を呼ぶこと」「副業での増収を狙うこと」にばかり企画者の視点が置かれ、「このイベントが何を目指しているのか」「どうすれば集客を定着することができるのか」という肝心な側面については何も考えていないんだよね。一回きりのイベントだから、注目を浴びやすくなる。人もたくさん集まる。でも、イベントが終われば、誰も来なくなる。
 「鉄道ブーム」とやらに浮かれて、一時期的に話題を呼ぶことや増収にばかり気持ちが行ってしまい、それをどのように増益へと繋げていくのか、人々の関心を広げていくのにどうすればいいのか。鉄道旅行熱を持続可能なものにしようという考えに欠けているのが最大の問題だと思う。イベントが自己目的化しているのは他社も多かれ少なかれ同様だ。基本、企画力に欠けているから、一見すれば集客力のある限定イベントを繰り返すだけになってしまうんですよね。

廃止物イベントにして盛り上がれない鉄道マニアの憂鬱

 さて、そうしたイベントを受容する鉄道マニアについても触れておこう。
 基本、この騒ぎで問題を起こしたのは誰か。誰が悪いかと聞かれれば、

  • 1.先頭車ばかりに集中して遅延の原因を作った百人くらいのマニアたち
  • 2.南浦和駅で人だかりを作ったマニアたち

だろう。

  • 3.甲高い叫び声が聞こえてきた。「一般人は乗れませーん」「鉄ヲタ専用車両でーす」"

は趣味を同一とする人間としては確かに悩ましい。そんなのが一人ぐらい紛れ込んでいたのかな。だけど、2ちゃんねる的匿名掲示板での戯れ言を声高に主張することで自意識を発露しようという人種はどんな世界にでもいる。ネットと頭の中で交わされる言葉を人前で出すことで、「自己表現」したかつたのでしょう。たぶん。よく似た人種は、スポーツの試合で興奮したサッカー小僧や、コミケで徹夜するようなアニメオタクや、産経が好きな愛国青年とかにも、ね。気の毒なことに、価値観を同じにする仲間がいない(あるいはごく少数)、公開の場所であるという認知に欠けていたんで、気持ち悪い風に浮いてしまったんだろうな。ご愁傷様。


 でも、1と2については、JRさんや他の乗客にはスミマセンとしか言えない。
 大昔から、新線一番列車とか、廃止ラストランの列車とかなると、先頭車の前面かぶりつきをする人って多いんだよね。「撮り鉄」とか言われる鉄道写真派よりも、むしろ中途半端な「乗り鉄」的鉄道旅行派とかがメイン。最初の、あるいは最後の眺望を「独占」したいという欲求なんだろうね。2両目以降は意外にガラガラだったりするんで、先頭車のドタバタは際だったりしている。
 あと、駅に着いた後の先頭車の撮影。

  • 到着前から「撮り鉄」とか言われる鉄道写真派が三脚とか構えて待ちかまえる
  • その騒ぎを目の辺りにした一般の人たちが何が起きたのか……と、携帯電話の写メを撮ろうと陣取る
  • 列車到着の際、携帯電話で撮ろうとする一般の人たちが前のめりになる。小さなデジカメを持つフォロアーも殺到。「どけよ」と罵倒する鉄道写真派の怒号
  • さらに先頭車から降りてきた連中が殺到して阿鼻叫喚に

という状況であることは容易に想像できる。
 こういうとき、「葬式厨」とか「葬式鉄」とか、このイベントに参加しなかった人たちは小バカにするんだけど、廃止ネタじゃなくても、この手のトラブルっていうのはどこにでもあるんでね。立場と状況が変われば、かく言う僕も、「そこのヤツ、どけよ」と叫んでいるかもしれない。彼らを別人種と遠い世界のように語るのは不遜だと思うし、騒動を起こした人たちと自分は表裏一体だと思わないと、コミュニケーションの断絶を招きかねない。
 そして、この手の話。

「以前はグループで写真撮影を撮ったりすることが多く、その中でさまざまな決まり事を教わることが多かった。しかし、今は“一匹おおかみ”的な人も増え、これまで鉄道愛好家が守ってきたマナーを学ぶ機会が少なくなってきたのではないか」

と「鉄道ファン」編集部は指摘するが、残念なことに、2010年1月の京浜東北線だけでなく、はるか昔、60年代のSLブームの時からあちこちで起きてきたんですよ。基本、鉄道趣味グループにいると、無茶なことをすれば暴走を止めにかかる人間は少なからずいる。個人で動いている人、ネット情報で動いている人には、他社とのリアルでの交わりが薄い人が多いのも事実。ただ、世代論だけで割り切れないのもあるし、だから根の深いものがある。

鉄道イベントを「消費」していても煮詰まるだけでは

 三十数年、この世界で生きていた人間からすると、鉄道趣味って、かなり高度な遊びなんだと思う。基本、なにかを「自己表現する」という活動がなかなか難しいんだ。
 アニメやマンガだったら作品を味わうだけでそれは一つの活動となるし、見た感想を述べるという過程を踏むだけで一つの自己表現へと繋げることができる。絵が達者なら二次創作は可能だし、能力さえあればセミプロになることも不可能ではない。スポーツや芸術の鑑賞というのも同様だ。なぜなら「消費するもの」が自明だからだ。


 ただ、鉄道趣味の場合、マニアは「鉄道」という存在を一方的に受容するしかできない。基本、受け身なんだ。
 鉄道会社は鉄道マニアのために仕事をしているのではない。通勤通学ビジネスで使う人たちからの運賃収入で成り立っている。僕たち鉄道マニアはそうした公的性格を帯びた乗り物、2本のレール以外の所を走れない列車に魅せられ、憧れた。ある意味、かなりストイックな趣味である。
 ただ、それだけでは飽き足らないから、小さなカメラを撮って車両を撮ったり、遠くのローカル線を訪ねたりすることで、さらなる深みを目指そうとする。それで何か新しい視点が開けていくのではないかとの期待もある。
 でも、どこにでもある日常的な風景も、徐々に満足させられなくなってしまう。
 となると、時期限定、地域限定のイベントに注目が集まってしまう。
 以前は鉄道趣味誌から一月遅れの情報しか入らなかったけど、個人の見たまま情報がネットで共有され、鉄道会社の公式リリースに誰もがアクセスできるようになったお陰で、小さなイベントでも何百人単位で人が集まるようになった。わずかなりとも物販での収入があるので鉄道会社も期待する。
 そこにいけば、誰も見たことのないハレの場が待っている。●●最終日という祝祭空間ゆえの高揚感。それを求めて各地から来たマニアたちがいる。「●月▲日の●●系に乗るor撮る」という「凄い体験」をしているのは自分とごく少数だけ。●●系の最期に立ち会えることはできるのは至福のこと。「さらば●●系。ありがとう、僕に感動をありがとう……」
という発想なんですかね。
 この産経の記事に、

「ありがとう、209系!」。ほおを赤らめ、ホームから遠ざかる209系に声を掛け、見つめる鉄道ファンたち。それだけなら、心温まる情景なのだが…。

とかポエミーなことを書いてあるんだけど、その「感動をありがとう」が問題の根っこにあるんですよ。

  • ●系が消える、というイベントじゃないと、君らは感動できないのか
  • 早晩消えることは昔から決まっていたんだから早めに乗っておけ&撮っておけよ
  • 最終日には、今までにはなかった「何か」があるという「幻想」をいい加減捨てればいいのに
  • てか、殺伐とした雰囲気になるのは自明のことなんだし、人が多すぎてたいしたイイ写真も撮れないんだし、ラストランに行かなくてもイイだろう

とか言うのが本音のところ*2
 そうしたハレの舞台というか、葬式というか、非日常的な風景は確かに魅力的。祝祭空間にたたずめば「興奮」はできます。


 でも、非日常的な鉄道シーンにばかり慣れてしまったらどうなるのか。何を求めることになるのか。
 ここ5、6年ほど、鉄道イベントが乱発されてきた。事実上引退したはずの0系や583系パノラマカーキハ52・キハ58が、その後もイベントに借り出されていく。それをマニアたちが追っかけていく。
 いいんですよ。それで。僕とは関係ないし。
 マスコミの過剰なフレームアップと限定イベントに依存した「鉄道ブーム」とやらに踊らされるのって、正直、恥ずかしいと僕は思っている。あくまでも鉄道会社というのは公的な存在であり、自分はその片隅で愉しませてもらっている身分だとの自覚があるから。あと、非日常的なお祭りに依存してしまうのは、自分が持続的な活動をしていく妨げとなると思うから。非日常なお祭りの後、この世界がどうなるのか。だいたい予想はついていますし。
 でも、今の鉄道マニアの少なからぬ層は、完全にイベント消費型へ移行してしまったようです。それが「鉄道ブーム」の正体ならば、あまり近づきたくないなあというのが本音です。
 それに、底の浅いお祭り騒ぎは鉄道会社の増収にはなっても、増益には繋がらない。鉄道会社も、お願いですから、オタクの財布をアテにしたイベントで小銭を稼ぐようなみっともないことはして欲しくないんです。せっかく鉄道に興味を持ってくれている層が増えているのなら、ターゲットをもっと広げて集客に努めて欲しい。持続可能な集客をきちんとしないと将来に繋がっていかない。新幹線を除く中長距離の鉄道輸送って風前の灯火じゃないですか……と思うのだけど、それはまた別の話。<参考>
「廃止」と聞くと血が騒ぐ鉄道マニアの気持ちを考える - とれいん工房の汽車旅12ヵ月

*1:個人的には、ヨン様来日の報道に似ているなあと思ったり。ヨン様が来日する際、関連機関は到着便をわざわざファンに事前告知する→ファンが成田空港に殺到→大混乱する→マスコミに「ヨン様、大人気」と報道される......という茶番が繰り広げられた。ワイドショー好きの僕でも失笑していたんだけど

*2:個人的な好き嫌いで言うと「感動をありがとう」的な自己陶酔単純系の決まり文句は苦手です