飛騨市長選と神岡鉄道と特定目的鉄道事業

katamachi2008-02-19

 任期満了(3月6日)による岐阜県飛騨市長選は17日、投開票され、無所属新人で元市助役の井上久則氏(58)が、無所属現職の船坂勝美氏(66)を破り、初当選を果たした。飛騨市長に井上氏初当選 現職破る中日新聞、2008年2月18日

 おお、飛騨市長選、現職が落ちたか。先週日曜日(2月10日)、高山本線で飛騨古川駅へ行くと、なにやら騒がしい。ちょうど市長選の告示日だったわけです。同時に行われた飛騨市議選の選挙カーが駅前を何台もうろうろしていました。
 ただの地方都市の選挙戦ですが、2004年に古川町神岡町など2町2村の合併で発足した時には、市政の調和をとるためか立候補者は1人だけ。無風選挙だったわけです。その反動か、今回は2人が立候補。票差もわずか1000票程度。投票率は88・26%というのが、都市住民にしては驚異の数字です。
 まあ、よその市のことではあるし、あまり口出しする気もないのですが、鉄道マニア的には、選挙結果がどうなるのか。ちょっと気になっていました。神岡鉄道の観光鉄道としての復活は是か非かというのが争点になっているとの新聞記事を富山のホテルで読んだからです。

飛騨市長選の争点となった神岡鉄道の観光化再開問題

 井上さんは、ローカルマニフェスト(選挙公約)で、「4年間の船坂市政の総点検を行う」として、現在、建設中の市立図書館の上に議事堂を建設する計画の見直しや神岡鉄道の再開を行わないことなどを約束した。
 敗れた現職の船坂勝美さん(66)は、神岡鉄道の観光鉄道化などを訴えたが、住民監査請求が起こされるなど市政運営への反発もあり、涙を飲んだ。
飛騨市長選「市政に市民の声を」初当選、井上さんが決意読売新聞、2008年2月18日

 「神岡鉄道の再開を行わないことなどを約束した」か……まあ仕方ないなあ。
 この話。経緯は以下の通り。


 2006年の廃止直後にいきなり観光鉄道として存続させるという方針が出て驚いたのですが、それから1年、続報がないなあ……と思っていたら、中日新聞が昨年12月、

 市は観光鉄道として再開する計画を進め、年内に再開の是非を判断する方針だったが、船坂勝美市長は「収支確保の計画が決まらない」として結論の先延ばしを表明した(中略)計画では、再開後は除雪の必要のない4月−11月に、土日を含む週5日、朝昼夜の1日3往復ほど運行。冬期は、トンネル内の軌道で運転士の指導を受けて本物の列車の運転を体験するイベントをする。沿線の神岡鉱山地下にある東大研究施設スーパーカミオカンデなどとも連携。坑内にセミナー室を建設し、鉄道乗車とセットで宇宙科学に触れるツアーを実施することも考えている。
 しかし、集客と採算は不透明。行楽期のイベント列車も企画するというが、乗客予想が確定できず、収益確保の見通しが立たない(中略)。だが、実現の可否は定まらない状態。「テーマパークと違い、実際に営業している軌道上での運転体験は例がない」(中部運輸局)からだ。同局は鉄道事業法上可能かどうか慎重な姿勢で、運行の安全が確保できる厳密な計画作りを市に求めている。
神岡鉄道廃線から1年 再開構想は“停車中中日新聞、2007.12.5

と報じていたので、あれ?と思えたんです。市議会でも厳しい質問が相次いでいたらしい。
 その理由。なんとなく想像できます。

 →現職の船坂勝美氏は、岐阜県庁→飛騨地域振興局長→旧神岡町長→飛騨市長。当選した井上久則氏は、旧古川町役場→飛騨市助役。2人の経歴も地盤も全く違う。中日新聞のこの記事に詳細がある。岐阜県庁としては、財政的に苦しいだろう飛騨市に県職員を送り込みなんとかしたかったのだろうが、ハコモノ行政批判にあわせて、地域間対立の構造に飲み込まれた。旧神岡町域の神岡鉄道を復活というのが他地域の市民に印象がいいはずがない。

  • 鉄道を観光用として復活させる意味

 →年間200日程度×3往復。現役の鉄道車両を維持管理しながら動かして、黒字、あるいは持続可能な程度の赤字に抑えるのは並大抵のことではない。地元住民とは無縁な観光鉄道というのも、財政が逼迫している中で理解が得られるとは思えない。5億円あるなら別の用途に……と思うのも当然か。

横軽でも高千穂でも特定目的鉄道事業構想はなかなか進まない

 「鉄道事業法上可能かどうか」という中部運輸局のコメントから察するに、飛騨市というか現職市長としては、この観光鉄道を「景観の鑑賞、遊戯施設への移動その他の観光の目的を有する旅客の運送を専ら行う鉄道事業」、すなわち2000年の鉄道事業法改正で認められた「特定目的鉄道事業」としてやるつもりだったのかもしれません。
 この「特定目的鉄道事業」。観光用に特化した鉄道を対象としたもので、許可を受ける際の申請手続や運賃、運行ダイヤの基準が緩和されることによって通常の鉄道事業と比べて新規参入がやりやすくなるというのが特徴。本省ではなく地方運輸局長に事業許可の是非は委任されています。国土交通省のホームページだと「事業の安全性、経営者の事業遂行能力のみを審査して許可すること」とあります。旧片上鉄道線や旧美幸線でも動態保存車や軌道トロッコが走っていますが、それよりは本格的なものを目指している"らしい"。
 "らしい"という曖昧な表現しかできないのはこの適用例が今まで一件もないから。一見、簡単そうに見えるけど、観光用鉄道とはいえ「事業の安全性、経営者の事業遂行能力」のハードルは決して低くない。
 この種の観光鉄道は他地区でも検討されているのですが、

 安中市の岡田義弘市長は二十四日の定例会見で、廃線されたJR信越線の横川−軽井沢駅間の復活計画について、碓氷峠交流記念財団(安中市)が二段階で延伸する案を提示したものの、「得策ではなく、中途半端はやめるべきだ」と述べ、反対する姿勢を表明した。
財団の2段階案に反対 信越線復活で安中市長 「中途半端やめるべきだ」東京新聞、2008年1月25日

→ここでは「中途半端やめるべき」とあるが、安中市長は以前より消極姿勢。

 国に全線の廃止届を提出している高千穂鉄道の一部路線の公園化を目指す「神話高千穂トロッコ鉄道」(高山文彦社長)は12日、取締役会と株主総会を開き、経営コンサルタント会社「オフィスナラサキ」(本社・東京都、楢崎剛社長)と資金調達や事業計画策定などの支援を依頼する顧問契約を結ぶことを決めた。契約期間は12日から1年間。目的が公園化に変わって再出発するために、社名を変更することも決めた。新社名への変更は4月1日からで、2月20日〜3月4日、公募する。
神話高千穂トロッコ鉄道、コンサル会社と契約…路線の公園化に向け社名も変更へ読売新聞、2008年2月14日

→「高千穂鉄道の橋脚の撤去が始まった - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」で書いたように、地元自治体や経済団体は手を引いてしまい、現在は「公園化」。すなわち遊園地と同様の遊戯鉄道を目指す模様。
 う〜ん、難しい。鉄道事業法改正から8年が経つのに、まだ一例もないのか。各運輸局も、よそより先に許可を出して、本省や関係者から批判されるのを心配しているのか、事前の打ち合わせの段階から消極的になっているのかもしれない。
 観光用の「特定目的鉄道事業」に対する国土交通省のハードルが高すぎるという意見もあるようだけど、僕はそう思わない。観光鉄道として残そうとする自治体や関係者が、鉄道経営に対してあまりに楽観的な考えしか持っていないのが原因だと思う。道路交通法が絡む踏切をどうするのか、車両や施設の維持はできるのか、それより持続可能な経営は可能なのか……と問題は山積。先行して保存鉄道を運営している団体も決してラクではないと聞いている。そもそも観光用の鉄道を走らせるために税金を投じることに対し、住民の理解を得ているのかすらも疑問である。一昨日の飛騨市長選もその甘さを突かれたからこそ現職が落選したのであろう。こう立て続けに保存鉄道構想が行き詰まっているのを見ると、あそこもここもあちらもこちらもいろいろ大変なんだろうな……と思うのだけど、それはまた別の話。

追記

 検索したら、昨年夏の読売新聞の記事が出てきました。
(岐阜)課題山積み神岡鉄道再生2007年8月15日 読売新聞

  • 2008年秋の開業に向けて具体的に準備
  • JR東日本北陸新幹線開設準備室長を神岡鉄道再開担当参与として招く
  • 予算5億円。市費は投入しないというのが条件
  • 市が出資する第3セクターはイヤ→民間企業などに経営を委ねたい→誰も名乗りを上げていない
  • 国土交通省幹線鉄道課の専門官は「特定目的鉄道の許可は、安全面に重点が置かれる。神岡鉄道は昨年まで運行していた実績があり、許可される可能性は大きい」と見通し

 う〜ん、飛騨市。「市費は投入しないというのが条件」って、そんな甘い話はないだろう。三井金属からの保証金でやっていくつもりだったのだろうか。こんな他人任せをしているのなら、たとえ開業しても長持ちしなかったはず。自分が飛騨市民なら反対運動に参加したと思う。